■著者=・・・,■ISBN=4-・・・,■出版社=・・・,非売品
-INTRODUCTION-
(p1.1)警察機構を「所轄」の湾岸署と「本庁」である警視庁とのコントラストを背景にしながら、銃撃戦もカーチェイスもなく人も死なない、という画期的なコンセプト
(p1.2)営業マンから警察官に転職した青島俊作(織田裕二)、警視庁捜査一課のキャリア組・室井慎次(柳葉敏郎)の、→
(p1.3)→立場は大きく異なるが二人が追い求める「警察官が正しい事をやり遂げるために」という理念を縦軸に、→
(p1.4)→〜個性豊かな共演陣〜今まで「警察モノ」と言われたすべてのセオリーの裏をかいたストーリーテリング、
(p1.5)→そして思わず吹き出してしまうほどのウィットに富んだ台詞のやり取りで圧倒的な地位と人気を獲得した。
-(刑事ほど素敵な商売はない?!)初級警察学入門(構成作家・稲葉一広)-
[刑事の仕事とは?]
(p1.01)現在の警察は〜通常、刑事・生活安全・交通・警備の4つの部門に別れて執行されている。
(p1.02)刑事部〜殺人・傷害・強盗などの強行犯と、誘拐・ハイジャック・航空機列車事故・爆破事件などの特殊犯、詐欺・汚職などの知能犯、窃盗やニセ札、暴力団に関する事件を扱う
(p1.03)交通部〜ミニパトの婦人警官や白バイ隊などを擁し、交通違反の取り締まり、安全対策、運転免許に関する仕事を担当
(p1.04)デモの警備や警護、また自然災害などの対処を役割としているのが警備部
(p1.05)生活安全部〜専門職といえる刑事・交通・警備を除いた他の警察の仕事を一挙に引き受けるのがこ部署〜。〜酔っぱらいや迷子の世話、拾得物、少年補導、犯罪の防止・発見〜
(p1.06)一般企業でいえばこの4部門が"営業部"に当たり、企業の中枢として機能することになる。
(p1.07)一般企業のシステムと何ら変わりもなく、唯一違う点と言えば、取り扱う商品が"犯罪もしくは犯罪者"である事である。→
(p1.08)→この商品は、時と場所を選ばず発生し、しかも逃げる。
(p1.09)刑事の仕事は犯人逮捕。だがそれ以上に必要なのは事務処理と職場の和、そして一歯車として組織に従う柔順さ〜。→
(p1.10)→しかし必ずしもこの条件を満たしていない青島が、未だに刑事として勤務しているというのは何とも不可解な謎である。
[警察内部の階級闘争・キャリアとノンキャリア]
(p1.11)警察は完全なピラミッド型の階級社会である。→
(p1.12)→上から順に警視総監、警視監、警視長、警視正(室井参事官)、警視(神田署長)、警部(袴田課長、真下)、警部補(魚住)、巡査部長(青島、すみれ)、巡査(雪乃)
(p1.13)→と、役職とは別に階級が明確になっていて、上の命令には絶対服従のシステムになっている。
(p1.14)警察官になるにはまず採用試験〜警察大学校での研修後、所轄署に配属。留置場勤務、交番勤務など、実務経験を重ね、さらに昇任試験をクリアしなければならない。→
(p1.15)→これが俗に言うノンキャリアである。現実〜捜査と事務処理の傍ら、倍率20〜30倍の昇任試験の勉強をするのは不可能〜。→
(p1.16)→一方例外なのが国家公務員試験に合格したエリートたち、いわゆるキャリアである。〜いきなり警部補からスタートする。→
(p1.17)→キャリアが20代半ばで警視の座に就くのに対し、ノンキャリアがその地位に就くのは40代後半〜、まるでインドのカースト制度か江戸時代の士農工商か。
[警視庁と所轄署の関係]
(p1.18)警視庁と所轄署もまた絶対的な階級制度の内にある。銀行に例えるなら本店と支店〜。支店(所轄署)は本店(警視庁)の命令には絶対服従。
(p1.19)支店のミスは支店のミスであって本店は無関係。こういった構図は官民を問わず、日本中どこでも見かける風景であり、警察とて例外ではない。
(p1.20)凶悪・重要事件が発生した場合、所轄署(支店)には特別捜査本部が設置される。しかし、実際に捜査の指揮を執るのは警視庁(本店)から来た管理官(資格は警視〜)〜
(p1.21)捜査の中核は本庁の捜査員である。所轄署捜査員の仕事はその手伝いや道案内などが主であり、→
(p1.22)→当然、七曲署(※太陽にほえろだ!)や港署(※あぶない刑事だ!)(※西部警察は西部署、ジャングルは八坂署、はぐれ刑事は港中央署)のように所轄の刑事が犯人を逮捕する事は現実にはあり得ない
(p1.23)そして犯人逮捕の手柄は本店、万が一の失敗は支店、という微笑ましい構図が展開される。→
(p1.24)→〜捜査本部設置〜その費用は支店(所轄署)の負担〜本店からやって来た捜査員の食事やら、捜査経費やらで莫大な出費(※映画でも殺人を自殺にしようなんて場面があった)
[捜査のプロセスと種類]
(p2.01)◎現場検証 〜俗に「現場百遍」〜捜査上の鉄則〜
(p2.02)◎地取り調査 〜「刑事は足で稼げ」と言われる〜
(p2.03)◎聞き込み 〜本庁捜査員と所轄署刑事が二人一組になり、関係者周辺を回る事が多い。〜
(p2.041)◎職務質問(職質) 〜「異常な挙動、その他周囲の状況から合理的に判断して、犯罪を犯し、もしくは犯罪を犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者」か、→
(p2.042)→あるいは「既に行われた犯罪について、もしくは犯罪が行われようとしている事について知っていると認められる者」に対して行う質問〜
(p2.05)◎事情聴取 〜昨今では外国人犯罪も急増〜雪乃刑事のように外国語が喋れる刑事が必要とされている〜
(p2.06)◎調書 〜被害調書・身上調書・供述調書〜
(p2.07)◎内偵 〜青島やすみれもこの内偵の際の経費がかさみ、しばしば上司に注意されている。経費を使い過ぎて怒られる営業マンと同じ〜
(p2.08)◎任意捜査 〜相手の同意を得た上(任意)で捜査協力を求める事。江戸の昔からお上には絶大な権限があり、下手に逆らうとためにならない。〜
(p2.09)◎逮捕 すべての証拠が揃い、被疑者を確定した段階で、裁判所に逮捕状(お札)を請求する〜
(p2.101)◎緊急逮捕 〜通常、逮捕状がなければ逮捕はできない。しかし、対象者が死刑または無期、または長期で3年以上の懲役(禁固)にあたる罪を犯したと疑うに十分な理由があり→
(p2.102)→しかも逃走や証拠隠滅の恐れがあり、逮捕状を求める時間がないときは、先に身柄を拘束し、その後で逮捕状を取ることが許されている(刑事訴訟法210条)
(p2.11)◎迷宮入り
-刑事ドラマ大国ニッポンにおける「踊る大捜査線」の価値と意義についての一考察-(法律ライター・斉藤直隆)
(p1.1)「踊る大捜査線」は従来の刑事ドラマの範疇を大きく踏み越えている〜
(p1.2)今でも「大学を卒業して警視庁捜査第一課に配属されたばかりの新米刑事」なんて設定がよくある。しかし、そんなことは現実にはあり得ない。
(p1.3)警察官にも転職組は結構多い〜ロス疑惑事件、オウム真理教事件で名を馳せた寺尾正大警視庁捜査一課長(現・新宿警察署署長・警視正)も転職組だ。
(p1.4)支店と本店、つまり警視庁と所轄署のヒエラルキーが語られているが、これも今までは決して用いられることのなかった舞台装置だ。
(p1.5)殺人事件が起きたというのに捜査本部の設置もせず、本部の刑事も管理官も出てこないこれまでの刑事ドラマというのは、いったい何だったんだ、というくらい現実からかけ離れている。
(p2.1)マグナムをブッ放す刑事。50m離れた地点から犯人の拳銃だけをライフルではじき飛ばす刑事。公務執行中なのに私物と思しき750ccのバイクでカーチェイスを挑む刑事。そんな奴、いないだろ。
(p2.2)所轄の刑事は捜査もできない。課長は勤務中にゴルフに行ったりする。パトカーにも乗れずタクシーで移動する。→
(p2.3)→「踊る大捜査線」で描かれた、これまでとあまりに違う刑事ドラマ像にア然とした人も多いだろう。しかし、これこそが現実なのだ。→
(p2.4)→そこまで所轄署の現実を丹念に描き、その上で、ドラマの醍醐味とも言える「ホントのような嘘」の世界を構築している。→
(p2.5)→「これってホントかなぁ。でもなんかすごくリアルっぽいよなぁ」それこそがこれからの刑事ドラマに求められる姿なのではないだろうか。
(p2.6)絶対にあり得ないこと、は排して、でもひょっとしたらあり得るかも、の部分でドラマを見せる。この辺のバランスの絶妙さが「踊る大捜査線」の最大の魅力なのだろう。
(p2.7)警視庁某署に勤務する現実の婦警さんのお話。「いちばんリアリティがあるのは、あの署長と副署長と課長(スリーアミーゴス)。→
(p2.8)「→実際にはあんなに署員に話しかけてきたりはしないけど、出世のことしか考えてないゴマスリっぷりはあのまんまって感じ。ま、あんなにカワイらしくないけどね」。→
(p2.9)→ま、事実はドラマより奇なり、だったりするものだけれど。
-制作現場検証報告書・現場検証-(特派員・進藤良彦)
(p1.1)従来の刑事ドラマにはなかった"サラリーマンもの"としての斬新な視点、警察機構のリアルな描写、そしてそれらを徹底してエンターテイメントで描いた娯楽性が高い評価〜
(p1.2)第一シリーズの途中の時点で、すでにフジテレビの社内では「パート2を」という話が浮上しており、やがてこれが映画へ形を変えて、一大プロジェクトとして結実していった〜
(p1.3)「映画的なカタルシスはどこなんだろうというドツボに嵌まっちゃったんですよ」と、亀山氏(※踊るのプロデューサー,他にロンバケ・ビーチボーイズも)は当時を振り返る。
(p1.4)顎が疲れるほど笑えて、ハンカチが必要になるほど涙を流せる。それは立派な"映画的なカタルシス"だ。→
(p1.5)→ほかのプロデューサー諸氏が引いたというのも、一級の娯楽作品である「踊る大捜査線」の持ち味を殺すような方向に、亀山氏の逡巡が向かっていたからにほかならないのだろう。
(p1.6)「同じことをやっても、ひょっとしたら、テレビは笑えたけど映画は笑えないかもしれないという怖さを感じましたね」と、セット初日に亀山プロデューサーは語った。
(p1.7)美術プロデューサーの梅田正則氏は、「こんな小さいクギの頭が、スクリーンにはこんなにでっかく映っちゃうもんだなぁ」と上がってきたフィルムを見て驚いたという。
(p1.8)テレビと映画の両方で成功した作品はそう多くないが、「踊る大捜査線 THE MOVIE」がその有名な例として記録にとどめられるのは間違いない。
-制作現場検証報告書・聴取[監督・本広克行&脚本・君塚良一に問う!]-(ライター・横森文)
(p2.01)君塚「〜わかったのは「太陽にほえろ!」が後の刑事ドラマのスタイルを全て作ったということ。〜→
(p2.02)「→「踊る大捜査線」を作るにあたって、あえて「太陽にほえろ!」でやってきたことをすべて禁じ手にしたわけです。その上で何ができるかと。→
(p2.03)「→所轄は所轄以外の範囲以外に捜査に行くのはやめようと、主人公が犯人を逮捕するのはやめましょうと」(※映画で逮捕は警視庁がと言って不意をつかれて刺される青島が描かれていたな)
(p2.04)本広「もう台本をいじっていいと言われた時に"よっしゃ!"と(笑)。おふざけにならない程度でうまく入れていこうと。→
(p2.05)「→やはり観ている人を笑わせるって考えるとアドリブは効果的なんですよ」
(p2.06)−印象深いアドリブは? 本広「やはり戒名会議ですかね。」 −あなたのおっしゃる戒名とは特別捜査本部に掲げる事件名称のことですね。→
(p2.07)→本広「〜映画版でも神田署長らによる戒名会議があります。もうここはアドリブありだと皆さん思っているので、前の日から考えてきてくれて。→
(p2.08)「→面白かったですよ。あんなにスタッフが全員でドーンと笑う現場ってあんまりないですよ。〜」
(p2.09)君塚「そもそもキャラクターの初期設定はそんなにたいしてしてなかったんです。それを皆がノって作り始めた。ある時期から劇団化したんです。→
(p2.10)「→アイデアを皆が出しあって、袴田課長役の小野武彦さんや青島刑事役の織田裕二くんが仕切って、こりセリフは彼が喋ったほうがいいとか割りふりを変えたりしてね」
(p2.11)君塚「映画版は小学生が電車の中で少年マガジンを開くくらいの速さでどんどん展開していくように脚本は書きました。だから監督は大変ですよ。→
(p2.12)「→つまらない場面が2度続いたらアウトですから。局面局面をすべて面白くしないといけないわけですから。」
-「警察官っていうよりは、正義の味方ってところかな?」青島刑事プロファイリング(映画ジャーナリスト・斉藤守彦)
(※↑このタイトルは非常に"言い得て妙"な気がする。最近のチビッコ向けヒーローものには、メッセージ色がかなり強くなってきているし(=父性!??)、踊る大捜査線との一致性も感じるし)
(p1.1)☆危険回避度=自らトラブルのタネをまくってことはなさそうだけど、どーして君の関わった事件って本店まで巻き込む大事件にスケールアップすること多いわけ?
(p1.2)総体的な所見を述べるならば・・警察官というより正義の味方ってところかな・・。
銀座の劇場の封切り日に二千人を超す徹夜組が出て、映画会社をびっくりさせたテレビドラマの映画版。人気はダテじゃない。 練り上げられた物語はテレビを見ていなくてもすぐのみ込める。知っていればなお楽しい仕掛けもあちこちに。 実にサービスの行き届いた娯楽作になっている。
主人公の青島刑事(織田裕二)が勤務する警視庁湾岸署は、猟奇殺人事件、警視庁副総監誘拐事件、おまけに署内で窃盗事件まで発生し、寝るヒマのない忙しさ。 本庁から押しかけたキャリア組が誘拐事件の捜査を独占するのを横目に、青島は殺人事件の解明に所轄署の意地をかける。
刑事があだ名で呼び合わない、聞き込みシーンはやらない、、、と、 このシリーズは、刑事ドラマの常道を禁じ手にして、サラリーマン組織としての警察機構をリアルかつコミカルに描いてきた。
今回も、官僚機構の矛盾が物語の核。 本庁で組織改革を目指したはずが、湾岸署の仲間たちを抑えつける役目を担わされたキャリア組の室井(柳葉敏郎)と、その変心をなじる青島。 二人の確執を軸に、様々な事件や署内のドタバタをぐいぐいと見せる。 警視庁=本店と所轄署=支店の力関係に振り回されるサラリーマンの悲哀は、身につまされる人も多いだろう。
青島を見守るたたき上げの和久(いかりや長介)、同僚以上恋人未満の恩田(深津絵里)、 中間管理職のセコサを体現した署長(北村総一郎)、副署長(斎藤暁)、刑事課長(小野武彦)の三人組ら、周囲の人物も個性が出来上がっていて、 説明を省いた展開が小気味いい。 それだけに終盤のくどい泣かせが惜しい。
「羊たちの沈黙」や「天国と地獄」の本歌取りで映画ファンに目配せするちゃめっ気も。
君塚良一の野心的な脚本と、テレビで培ったチームワークが、とかく二番せんじになりがちな「映画版」の新たな可能性を引き出した。